仲間

前にも書いたが、学生時代、ワンダーフォーゲル部だった。

人数が少なく、仲のいいクラブだった。

部室に行くのが楽しみで、うだうだとつまらない話をして笑ったり、OB・OGにいじめられる監督・コーチ会の愚痴を言ったり、次に登る山の話、家の話、なんでもした。

下界ではチャラチャラしてる奴が、山に行くとなぜが真面目になったり、またその逆もあったり、とにかくしんどくても楽しかった。

 

卒業して、会社でも友達ができたりして、一時期クラブのことから離れていた。

数年前にクラブの同級生が亡くなったことで、またよく集まるようになり、OB・OG会や現役にも関わるようになった。

そんな関係で、最近も近い代の仲間たちとしょっちゅうLINEで話をし、顔を合わせ、夜中にLINE電話で話し合う。

格好をつけることもなく、口に出す言葉を選ぶこともなく、お互いを気遣うことは忘れずに話し合える。

こんな仲間は宝物だと歳を重ねて初めて知る。

 

思い出動画

スマホすごい!

アルバムから同じ顔の写真を選び出し、音楽つけて動画?スライドショーにしてくれる!

なかなか素敵だ。

無宗教

祖母が存命のころは、お盆のころに「お寺さん」を呼んで、読経してもらっていた。

祖母が亡くなってからも、伯母が何回忌だといっては、うちにきて、「お寺さん」を呼び、読経してもらっていた。

その「お寺さん」は、髪の毛ふさふさで、バイクにのってやってきた。

なんとなくお坊さんっぽくないなぁと思っていた。

祖母の十三回忌以降は特になにもしなくなった。

母のお葬式では、無宗教ということで読経はなし。

先日義母が亡くなり、義兄夫婦が葬儀屋さんと話しているのを聞き仰天。

なんの縁もなく、単に宗派で読経にきてもらうだけで、しかも故人を知りもしない人に戒名をつけてもらうだけで最低ライン25万円!

そもそも信仰心もないのに知らない人に読経&戒名に25万円以上支払うことに異様に反発を覚え、葬式に読経は不要と家族に告げる。

しかし墓に入るときは好むと好まざるに関わらず、家の墓であれば、家の宗教に合わせてその墓地のある宗教の供養が必要なのか?

例えばある宗派の墓地に入る場合に、供養は不要と言って、墓に入れてもらえるものなのか…?

そもそも昔から正月に家族で初詣も行ったことないので神道でもない、特に信じる宗教もない、でもどこかに属するには抵抗があるとなると、どうすれば良いのか。

どこかの枠からはみ出すのは大変なのだなぁとつくづく感じる。

スマホの使い方からわかること

OSアップデートしたときに、スマホから指紋認証を強く勧められたので、仕方なく登録した。

しかし指をきっちり合わせないと番号をさらに催促されたりして、面倒なことこの上ない。

個人情報の流出に注意は必要だろうが、過去に携帯、スマホを紛失したことがないのでもうやめてしまおうかと心揺れる。

慣れもあるのだろうが、ホームボタンに意識してきっちり指を置く、そのひと手間が面倒くさい。

ちなみにこの面倒くさがりの性格により、これまで携帯で折畳式は持ったことがなく、さらにスマホになってからも手帳風に蓋をするタイプのカバーはつけたことがない。

わざわざ開かないと見ることができないひと手間は、本当に苦痛だ。

カバーをして、さらに指紋認証やパスコードを入れる人たちなマメさに脱帽するとともに、自分自身の面倒くさがりぶりにも脱帽。

 

34.9度?!

今朝体温測ると、34.9度だった。

驚愕した。

35.2度とか35.3度とかは見たことあるけど、さすがに34度台は見たことなかった。

このまま死ぬのか?

しかし夜になっても生きている。

体温が低いから、風邪を引きやすくなったのか?

体温上げねば!

筋肉つけねば!!(たぶん…)

声変わり→声でない

土曜日夜に声変わりし、日曜日に声がでなくなり、昨日火曜日は一旦マシになったものの、咳で一晩眠れず、また声がでなくなった。

昨日テレビでタイムリーに喉風邪のことをやっていて、寝る前にハチミツ舐めるといいと聞いたので実行したら、喉に刺激が強すぎた。

咳止まらない。

痰とれない。

眠れない。

声でない。

ないないづくし。

 

声がでないってつらいもんだ。

 

対面で意思を伝えることができない。

病院や薬局、店で、言いたいこと、してほしいことが伝わらない。

ありがとう、さようなら、といっても聞こえていない。

黙って去る。

わびしい。

サンタさんと父

小学校2-3年にもなると、周りがサンタさんは本当は親なのだと薄々か、はっきりと感じ始める。

小学校4年生のときに、周りはほぼ、サンタさんを信じていなかった。

家で父に「サンタさんって本当はお父さんなんでしょう?」と聞くと「そんなことはない。ではお父さんがサンタさんにお前の欲しいものを頼むために電話するから、電話を聞いてみなさい」と言う。

当時2階に親子電話があったので、父が電話をかけ始め、通話ができたと思った頃に受話器をあげた。

父が英語(きっと)でしゃべっていた。

相手も英語でしゃべっていた。

当然内容はわからなかった。

しかし信じた。

小学校いっぱいぐらいまではそれを根拠に信じ続けた。

そんな芝居をしてくれて父に感謝する。

そして、父と通話したのは誰だったのか。

父はいまでは記憶にないという。

父が30代の頃、1年間イギリスに留学していたので、きっとそのときの友達ではないかと思うのだが、覚えていないのが残念だ。

その人に父とどんな話をしたのか聞いてみたかった。