がん闘病中の友達

4年半前に卵巣がん末期の宣告をされた友達。

余命半年ないと言われたが、持ち前の前向きな気持ちで、手術や抗がん剤治療を乗り切り、一時期は職場に復帰し、再発、抗がん剤治療、職場復帰、再発を繰り返している。

また再発したらしく、先月からまた抗がん剤治療を始めたと聞いた。

なのに気分転換に10年以上前に期限の切れたパスポートの再申請に出かけたりしている。

本当に前向きだけど…つらいことはないのだろうか…。

余命半年の宣告を受けたときも、そんなにショックはなく、旦那さんが号泣したと聞いた。

本人になってみないと本当の気持ちなんてわからないが、すごいなといつも尊敬する。

でもその尊敬の念が重荷になっていたらどうしようと思うこともある。

食べられなくなったもの

愛猫がいなくなり、食べられなくなったもの。

 

ほぐしてあげていた焼き鮭。

包装紙を剥きはじめると飛んできた6Pチーズ。

差し出すとぺろぺろ舐めていた卵サンド。

スプーンに乗せてフーフー冷ましたコーンスープ。

冷たいから休み休み舐めていたアイスクリーム。

 

夢中で食べていた愛猫を思い出すと、胸が詰まり、食べることができなくなった。

いつの日にかまた食べられる日がくるだろう。

でもいまは無理。

あとすこしで半年経つ。

ホットケーキが美味しい店

前から時々行っていた穴場的な喫茶店

ホットケーキが手焼きで美味しい。

最近立て続けにテレビで紹介され、また純喫茶ブームで列ができるようになった。

今日もお昼時なら大丈夫だろうと思ってやってきたら8人ほど並んでいる。

でもホットケーキ目当てでやってきたので、もう他の店には入れない。

並んでいると後ろにも8人並ぶ!

なんてこった…。

不思議なことにホットケーキが手焼きの店ってあんまりないみたい。

家で作ればいいんだけど、古い喫茶店で食べるのがまたいいのだ。

並ぶのは大嫌いなのだが、ホットケーキ気分なのだから仕方ない。

空き缶収集のおじさん その後

年末から姿を見なかった空き缶収集のおじさん。

ひと月ちょっとぶりに見かけて嬉しくて声をかけそうになった!

しかしよく考えると、微妙な気もする。

姿を見なくなって、最近はなにかもっと楽な仕事を見つけたのではと思うようにしていた。

元気だと確認できたのは嬉しいが、寒い中で空き缶収集は大変だろう。

体を壊すとできない仕事だ。

膝ポキポキ人間 その後

一歩踏み出す度に膝がポキポキ鳴っていたので、整形に行ったが、昔からスキーで転倒し、折れた半月板を切除したあたりはたしかにすり減っているが、それ以外は特になにもないといわれ、ただ今後を考えると足の前面、背面の筋肉のストレッチはいいと言われてがんばってやっていたが、まったくポキポキは治らず。

仕事が忙しくなってトイレにすらほとんどいかない日が続き、ストレッチもしていなかったところ、急に鳴らなくなった。

不思議だが、ストレッチはやはりこれからのためにやったほうがいいのだろうな。

母の命日13年

13年前の今日、母が亡くなった。

なくなる8カ月ほど前、膵臓癌のステージⅣ-aといわれた母は、最初は手術も抗がん剤もしないと父と決めていた。

しかしおぼんざめも含めた周囲の気持ちを察して、手術を決断した。

そして手術から5カ月後、息を引き取った。

 

ステージⅣ-aはおそらく誤診だった。

手術してみると、周囲への浸潤や他への転移もなかった。

手術の際の縫合不全で、消化器官である膵臓の切り口から、消化液がじわじわと滲み出て、周囲の血管、筋肉を溶かした。

強い酸性の消化液が筋肉や血管を溶かすので、腹腔内にそれらを排出する管を挿管し、術後5カ月間、亡くなるまで、体外に排出し続けた。

筋肉や血管を溶かす痛みは痛み止めが効きにくく、あわせて出る熱との苦痛で、意識が混濁したり、子供のように混乱し、ロッカーの中の暗闇や、ティッシュの箱の動物の顔を怖がった。

それでも、意識が混濁していてもしていなくても、いつも家族のことを思いやった。

なんて強くて優しい母だったのだろう。

 

愛猫についてのメモ

亡くなる1年半ほど前にメモしたものか見つかった。

 

⚫︎⚫︎は

なんと

美しく

可愛く

優しく

厳しく

穏やかで

甘えたで

怖がりで

ツンとして

カフカ

温かく

いい香りで

クリクリお目目で

フワフワの肉球

愛おしいのだろう

 

なんだ?これ?

だいぶんとち狂っているが、本当にそうだったとしみじみ思う。